「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」観賞

昨日(2016年3月9日)世田谷文学館に行き、「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」を見てきました。

世田谷文学館というのは、実は僕は初めて行きました。
新宿駅から京王線(各駅停車)に乗って芦花公園駅で降りて、歩いてすぐのところでした。
入口のガラスの自動ドアのところに、少年時代の遠藤ケンヂ(『20世紀少年』)がいて、お出迎えのアイデアとして素晴らしかったと思います。

入場券を買い、2階の展示フロアに行きました。
平日の昼間だし、そんなに人はいないだろうと思っていたのですが、思いのほか来館客が多かったです。
僕の印象では、僕より年齢が上のお姉さま方(僕の母親世代より少し下ぐらいの方々)が多く、女子大生風の人も多かったですね。
男性はそれほど多くなかったような気がしました。
やっぱり20年ぐらい前に大ブームだった『YAWARA!』とかもあるから、本当に幅広い世代に浦沢マンガは人気なんですね……。

もう、展示スペースに入ってすぐに気付いたことですが、圧倒的な量の直筆原稿の展示がすごかった。
「描いて描いて描きまくる」というこの展覧会の副題の通りで、物量がものすごい。
資料によると、「単行本一冊丸ごと分の原稿展示」がなされているようで、本当に圧倒された。
もちろん1本1本の描線に惹かれることは当然なのですが、スクリーントーンを貼ることを指定した青色の鉛筆の跡とか、白の修正液を使いながら黒と白だけの世界が作り出されていて、唸らされました。
僕は1枚1枚の原稿を、目を凝らしながら(館内は明るくないし、視力が良くないというのもあるけど)見ていたので、結構時間もかかったし、全部見終わったらクタクタでした。

僕はこれまでに、マンガとかイラストの原画が展示されている展覧会やイベントに参加したことはあったのですが、実はそれほど感銘を受けたことがありませんでした。
好きな作家かそうでないか、の差もあるのかもしれません。
ですが、おそらく今まで僕が見てきたものは、物量的に圧倒されることがなかったので、1枚1枚の絵にそれほど力を感じることがなかったのかもしれません。
その意味で、今回の浦沢直樹展の展示方法は、僕にとってはドンピシャだったというか、“展示方法のコツ”のようなものを見つけたような気がして、その意味でもいい経験でした。
「物量の大きさが、個々の質を向上させる」という展示方法のコツ。
普通だったら、量が多すぎると1つ1つが埋没してしまいそうなんだけど、そうじゃなくするというアクロバティックな方法。
……簡単には真似できそうにないですね。

浦沢さんはNHKで「漫勉」という番組をやっていて、マンガ家の創作の現場に焦点を充てて、マンガ家の声を拾うということをしていらっしゃいます。
今回の浦沢直樹展も、そういった創作の現場、ものが作り出されていく場というものを可視化していくものだったと思います。
(構想ノートやネームなどが展示されていたのは、まさにそうでしょう)
ただ単に完成品(商品)を見せるというだけじゃないということ。
そうした意図に触れて、……感じたことがありました。

実は僕は、浦沢作品について、過去に論じたことがあります。
2013年に出した単著『戦後日本の聴覚文化』(青弓社)の中に、『20世紀少年』論が掲載されています。
第7章「「対抗文化」の記憶――浦沢直樹二十世紀少年』における音楽の政治」です。
(詳しくは、http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-7340-6
(もともとは、中京大学の研究所が出していた論集に寄せていたものですが、それに加筆修正をしたものが単著のほうに載っています)
物語文化と音楽文化の交差みたいなところに関心があった上での論文執筆だったので、描画の質を問題にするというスタンスの論文ではありませんでした。
そういう僕なりの執筆意図があったから仕方がないと言えば仕方がないのですが、今回、浦沢直樹展を見て自分が感じたのは、僕はマンガ家の創作現場での格闘というものを、一切素通りした論文を書いたんだな……ということでした。

これはあくまでも個人的な感覚で言うのですが、浦沢さんの描くキャラクターの絵柄は、めちゃくちゃ格好いいとか可愛いとかはない、と思います。
泥臭いというか、無骨というかね。少なくとも、萌え絵ではないよね。
でも、だからこそ、表面的な特徴から来る感情の起伏が少なく、半ば透明だからこそ、読者は物語世界の中に入り込んでいきやすい。
そしていったん物語の中に入り込んでいくと、その物語を動かしていくキャラクターが俄然格好良くなる。
見た目の格好良さとは違う、行動する主体としての格好良さ。

それはそうと、僕は2015年度より「アニメ・マンガ文化論」という授業を本務校でやるようになったのですが、どちらかというと、マンガよりもアニメのほうに偏った授業をしてしまったかな、と思います。
でも今回のようにマンガの直筆原稿を見てしまうと、一つ一つの筆跡だったり、マンガの表現技法などに支えられて物語が構成されているという素朴な事実を改めて感じさせられ、もう少しマンガにも力を入れた授業をしていこうかな、と思いました。

世田谷文学館浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」
http://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html